読書尚友

A reading room in Nagoya

92 永井荷風 随筆「冬の蠅」

きのふの淵 「随筆 冬の蠅」扶桑書房 1945 Nov.

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きのふの淵

荷風の文章は 好き勝手に部分を読み散らし、ただよう情緒を楽しんできた。

「そのころ、私は三十を越したばかり。芸者と連れ立って、夏の夜ふけの河岸通を歩くのが、夢ではないかと思ふほど嬉しくてならなかった時分である。(上掲文)」

一杯飲んだ帰り道、芸者さんに ばったりあって「お家はどこですか?」言ってみたい。「そこヨ。よって行きなさい」言われてみたい。これははかない夢を述べているのではなく、荷風の告白。「復活」ファースト・シーンのネフリュードフがカチューシャを女中部屋から抱えて行くのと同じ。トルストイの記述も経験の告白。若いころ軍隊時代のトルストイの女漁りはすごい。

随筆「きのふの淵」は荷風が狭斜の巷に深くなじむようになるきっかけを描いている。明治42年の夏、荷風の会話の相手のは新橋芸者の富松。

「腕くらべ」あたりが佳境か(「つゆのあとさき」「おかめ笹」と比べてどうでしょう・・「夏姿」がいい?)。新橋の芸妓社会の表裏。ヒロイン 駒代、ナイスバディの菊千代、金にものをいわせる君龍の腕くらべ。駒代は旦那を菊千代にとられ、情人は君龍に奪われ、肉体的にも物質的にも敗北してゆくのだが、そんな筋よりも、その場その場の高揚感、意地のはりあいとか、それぞれのシーンが楽しいのです。

そして 独自路線 悠々自適の荷風の歩み いいな。下記悠々宣言。

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知らぬ間にまた一匹や冬の蠅 荷風