読書尚友

A reading room in Nagoya

133 源氏物語

夕顔

咲く花に移るてふ名は包めども折るらで過ぎ憂きけさの槿

朝霧の晴間も待たぬけしきにて花に心をとめぬとぞ見る

17歳の年の秋、光源氏は六条の御息所を訪ねて一夜を過ごす。御息所は24歳。翌朝眠そうな源氏は嘆きつつ帰りかかる。植え込みには色とりどりの槿の花。源氏の姿が美しい。御息所は起きられない。まわりが格子をあげ、几帳をずらし、女君は頭をもたげて視線をむける。侍女の中将が見送りに出ている。

源氏の和歌「中将さん(手をとって) 咲く花に心が移ったと言われるのは心外だが、折らずに過ぎるのはツライな

中将の返歌「朝霧の晴れるのも待たずに去る御様子 花には気持ちはないのでしょう

年上の愛人が見送りに出られないほどの夜 爽やかな朝霧 女君が見ているとも知らずその侍女にアプローチする光源氏。場面を書き上げて紫式部にも達成感があったことでしょう。ハイビスカスの花に似たむくげの花を想起しつつ。

 

 

 

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松下大三郎編纂「国歌大観」物語歌集 源氏物語

付記 光源氏の侍女中将への和歌 折らで過ぎ憂きのけさの槿

与謝野源氏も谷崎源氏も 折らで過ぎうき今朝の朝顔

源氏の折ったのは むくげ 朝顔 どちらなのでしょうか? つる草の朝顔を折る? 「源氏物語」本文にあたらず、「国歌大観」だけ見てこの文を書きはじめました。「国歌大観」に誤りがあるとすれば大発見。それぞれの女性に花を添える、私が作者なら、ここは槿かな。侍女の中将さんに朝顔をふってしまうと後の物語で朝顔が使えない。御息所のイメージとしてハイビスカスに似たムクゲのカラッとした明るさが良い。早朝の見送りにも出ないおおらかな女性。谷崎源氏の早朝「御息所が光源氏を起こす」描写はまちがい。侍女の中将が起こし、お嬢様は夜のお疲れで起き上がれない。

 

追記

京言葉源氏物語朗読会の語り手の方から御指摘がありました。

平安時代 あさがお というのは江戸時代以降の朝顔とは異なる花とのこと。「折る」ことのできる花のようです。  表現者の方の理解は深い。私はシェイクスピア劇を映像でよく見ますが、イギリス人俳優の方のささやかな表情動作から私の読みまちがいに気づきます。