読書尚友

A reading room in Nagoya

9 デカルト「省察」

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三木 清 訳 岩波書店 昭和24年

今 一番重要なこと とも思える。というのは・・

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省察」巻頭

科学者、学者は誰に向かって提言するのか? ということが、現在、曖昧ないし無責任になっているからである。戦時中の京都大学経済学部長、後の京都府知事 蜷川虎三終戦直後 戦争責任で経済学部教授の全員辞職を提言。自分と同志3名で辞職。「何に対するどのような責任があるか?」蜷川は弟子の有田正三に語った。「帝国大学教授というのは天皇への奏上が第一の義務である。学生の教育とかは二義的。侵略戦争であり、勝利の見通しなど無かったことを正しく奏上するのが任務。それができなかったのであるから責任をとり辞任するのだ」。現人神天皇に真理を奏上、と理解して良いのだろうか。デカルトパリ大学神学部学部長諸博士への書簡として「省察」を著わしている。

現代の教授というのは、誰に対しても責任のないオキラク オジサン。またはオバサン。現代の日本の学会を嫌って外国に渡った人がノーベル賞。大学と学者、学問全体の在り方が再構築されねばならない。ちょっと前「再構築」が流行したが、ふぬけた文部省/大学の在り方はそのままだったので、學の内容を壊しただけとなった。

再建されねばならないのは学問の目的と方法、専門化の原理。目的不明の体制での「専門家」の群生状態は改めるのが望ましい。

デカルトは神学部と対話している。

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省察」読者への序言

方法序説」も神に関する問題での真理探究の方法。全体の目的はキリスト教的枠組みを前提としている。

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デカルト方法序説」小場瀬卓三訳 昭和26年角川書店

都市景観であっても寄木細工はよくない。現在の学問は寄木細工である。

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省察」1

一生に一度は断じてすべてを根底から覆し とデカルトは言う。

若き日に学んだ「マルクス経済学」が霧のように消えてしまった今、根底から考え直す時がきたのであろう。しかしこの老齢・・・